日傘作家
ひがしちかのルーツ

私が生まれ育ったのは、長崎県諌早市の有喜町という海沿いの町です。橘湾にある小さな漁港で、バスが1時間か2時間に1本くらい、もちろん電車も通っていないような田舎町。海が見渡せる国道沿いで、父が自動車の整備工場をやっていて、そこで両親と兄や姉、妹と6人家族で暮らしていました。子どものころの記憶は、とにかく朝から晩まで1日中、自然のなかで真っ黒になって遊んでいたこと。高校生くらいまで、毎日のように目の前の海に潜っていました。大きくて穏やかな水面から深いところまで潜っていくと、途中から海水が急に冷たくなって、体全体がドキドキするような感覚。怖いくらいの緊張感ですごい生きてる感じがして、好きでした。

諫早市 結の浜海水浴場

諫早市 橘湾千々石海岸から臨む雲仙普賢岳

父と母が家で仕事をしていたので、兄弟で手伝いもよくしていたのを覚えています。隣の幼なじみの家が農家で、収穫のときにはじゃがいも掘りとか、いちごのパック詰めとか。人手が必要なときには、ご近所が子どもたちもみんなで手伝って、そんな当たり前の毎日がとても楽しかった。今思うと、貴重な子ども時代だったなあと思います。

私はとくに美術の勉強はしていないのですが、父が趣味で油絵を描いたり、彫刻をしたりしていて、休みの日には「海の絵を描きに行こう」とか、「馬の絵を描こう」とバイクの後ろに乗せて連れ出してくれました。父とふたりで絵を描くのがうれしくて、私も自然と絵が好きになったのだと思います。父は畑や海など、日常の風景を描いていました。なんにもない田舎の風景はもうすぐなくなってしまうから、今のうちに描いておきたいと。「おばあちゃんたちが腰を曲げて種を植えたり、収穫している姿がいちばん美しいんだ」といつも話していました。まじめで頑固な九州男児でいっぱい衝突もしたけど、そんな父の気持ちが、今は少しわかる気がしています。

諫早市 白木峰のコスモス畑

私が日傘に描いているのは、抽象的な絵が多いのですが、それを見て“心象風景”だと言った人がいます。それって、幼いころに見ていたものかもしれないと、はっとさせられました。自分では意識していなかったけれど、諌早の豊かな自然が、私の心の中にしっかり根を張っているのかな。自分の中でなにが美しいのかと思ったときに、朝焼けに変わっていく空の色とか、体感する空気とか、雨上がりの土のにおい、水の流れ、まぶしくて見ることができない光の束とか、夜が暗いとか…。父が目の前にあるものを美しいと言っていたことと、通じるものがあるなと思います。ごはん作っていて、切った野菜の断面がきれいで、わあって感動したり。そういうささやかな日常のすべてが美しいと信じていて、それを傘に乗せたい。私から生まれるものは、私の中の引き出しにしかないのだから。