COLUMN

古今東西

粋で繊細な日本人の傘の美学

傘という字には「人」が4つも書いてあることから、大勢の人が入ることが字の成り立ちかと思いきや、これは単なる妄想。諸説ありますが、傘は広げたときの形を描いた象形文字だそうです。
そう言われれば、傘の骨が連想できるかもしれませんね。ちなみに中国語(簡体)では「仐」と書き、サァンと発音します。

文字の起源はおよそ1700年前の中国、六朝時代のこと。その頃の傘は今より布を支える骨が多く、「人」に見えるのは下から見上げた傘の骨を表現しているという説が有望。

書:松井由香子 書家http://yukakomatsui.com

雨の多い日本で傘は必需品。平安の頃、貴族が好んで使用した傘は紙張りの晴雨兼用のもの。鎌倉時代になると、武士や僧侶にも広まりますが、一般庶民までの普及は近世を待つことになります。
一方、洋傘の伝来はヨーロッパから。多くの日本人が最初に洋傘を目にしたのは、ペリー来航のおりだそうです。政情不安の幕末に異国の傘をさしていたために、攘夷論者に狙われて命を落とした武士もいたと伝えられています。やがて傘と言えば蝙蝠傘(こうもりがさ)というまでに広まったのは、明治時代に入ってからのことで、この頃からパラソルと呼ばれ始めました。
レース張りの豪華なパラソルは、あまたのご婦人たち憧れのまと。また、和傘の色使いは粋で繊細。中国からの輸入品を、日本人なりの感性と美学で昇華した結果です。
戦後はナイロン生地の普及や折りたたみ骨の開発で、傘はその姿や形を大きく変えていくことになります。突然の雨が止んだ後に見る、捨てられた幾本ものビニール傘には、がさつな現代人の心が透けて見えるようで、古来からの日本人の傘の美学が、これからも受け継がれていくことを願うばかりです。

その日をちゃんと生きた証拠として傘をこしらえる

日傘作家であるひがしさんにとって、一点物の日傘をつくることは、着物と共通点が多いと言います。
2017年に出版されたひがしさんのビジュアルブック「かさ」には、こう書かれています。

“着物の生地本体が日傘の生地だとしたら、その制約された形の中で、
色柄や配色で柄行きが無限大になる。
日傘にハンドルをつける工程は、帯を選ぶように、重要な印象になるし、
最後の決め手は小さなボタン。それは帯留めのようで、
小さなものだけれど全体の印象を大きく変えたりする。
お互いを生かし合える関係になった時、最高ににやけてしまう。
コシラエルの傘が一点物であることの重要性はいろんな思いが重なっている。
ひとつだけ、というその出来事や現象に、ときめいたりもする。”(抜粋)

手に負えない日常を、傘という半球体のキャンバスに描きたいと、ひがしさんは言います。すべてのモチーフは彼女の頭のなかにあり、筆を通して描かれる線や色、にじみやかすみは、すべてはこの世に一つ。ひがしさんが傘をこしらえることは、その日をちゃんと生きた証拠なのかもしれません。

ひがしちかさんのビジュアルブック

「かさ」

(2017年 青幻舎より)

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