もてなすということ

私の茶会では、中国茶式の飲み方をします。茶杯を主人の私の分も用意して、一緒にお茶を楽しむわけです。ゆっくりと茶器を温めることから始めて、茶壺(ちゃふう=急須のこと)にさらさらとお茶を入れ、お湯を注ぐ音を聞きながら、茶葉がふわっと開いていくのを眺めます。お茶の味を均一にするため茶海(ちゃかい)に一端入れ、それを茶杯に注いでいく。一煎目を味わったあと、お菓子をはさんで、二煎目、三煎目と楽しみ、三~五種類のお茶を同じように楽しむのです。

日本人にとって「お茶」は、あまりにも身近なものです。コーヒーを飲みに行くにも、お菓子を食べるときも、「お茶しましょう」と言いますよね。決して特別なものではない。でも、目の前で、一煎ずつ、自分のためだけに一心に淹れてくれたお茶は、きっと飲む人の心を打つと私は信じているんです。ですから、できる限り丁寧に、真剣においしく淹れること。短い時間であっても、そのひとときを共に過ごすこと。それが私にとって「もてなす」ことかな、と。

熊本藩主細川家の菩提寺「泰勝寺跡」。屋敷部分と庭園、墓地に分かれ、国の史跡に指定されています

茶道では国内随一といわれた細川忠興の原図から復元された茶室「仰松軒(こうしょうけん)」(立田自然公園内)

お茶の説明をしたほうがおいしく飲んでいただけるかなと思うときはお話をしますが、あえて会話をしないことも多いですね。それより、その時間をより深く感じていただくことがいちばん大事なことかもしれないという思いがあるからです。たとえば、夕暮れにろうそく1本だけで茶会をする。手元もほとんど見えない暗闇で開く。こうして日常から離れれば離れるほど、暗ければ暗いほどリラックスして、音だったり香りだったり味だったり、感覚が研ぎ澄まされる。お客さまと主人とが共に、別世界に行けるような気がします。