自分を“ひもとく”

「言葉がなくても伝わるものを作りたい」と、意識的に言葉を封印してきた時期があったんですね。それが、ここ何年か、あえて言葉を使うようになりました。その一例が手紙。メールでもLINEでもなく、はがきをよく書いています。旅先やお仕事で会った人。一緒に働くスタッフにも書きます。スタッフには、手渡しではなく、わざわざ郵送する(笑)。なぜ? と不思議に思いますよね。

プティローブノアーを立ち上げて何年かたったとき、ふと時間が過ぎるのがあまりにも早いことに気づいたんです。もう一度「自分らしさって何?」と考えたとき、「アナログなことが自分の心に残っているし、誰かの心にも何か刻むことができる」のではないかと思うようになったんです。そう言えば、昔は手紙を書くのが大好きで、いつも誰かに何かを書いていたことも思い出したんです。

そこからです。手紙を書く時間、受け取る人が読む時間を作ることで、少しだけ時の流れをゆったりさせることができるのではないかと思っています。心の中の何かを醸造する…そんな感覚でしょうか。考えてみれば、私のものづくりも同じです。手渡すということは、そこにかけた手間も時間も渡すことですから。

うちの書棚には、写真集や画集の他に、小説、エッセイ、歴史、ドキュメンタリー、心理学…ジャンルはいろいろ。そのとき、そのときに関心のあるものを手にして、本を読むのも、手間と時間のうちです。ゴールドやシルバー、真珠や石を(YOSHIYOラインで)使うようになってきて、今、真珠にものすごく関心があるんですね。すると、周辺のことを無性に知りたくなって、今、夢中で真珠の関連の歴史や地理の本を読んでいるんです。すぐに、ものづくりに直結することではないけれど、そういう手間と時間が作品の「深み」「厚み」を増していくと信じているんです。

だから私には、ONとかOFFがない。わからない。どの時間も「私って、何者なのか」と問いかける作業をしているし、これは、ものづくりには欠かせない時間なんです。